トカラ列島のレントゲン便③ 諏訪之瀬島・平島・悪石島

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悪石島

悪石島(あくせきじま)は神々の島。古くから島の内外に多くの神様が存在したといわれ、たくさんの聖地が島内に点在する。毎年旧暦の7月16日に行われるボゼ祭りでは、ボゼマラと呼ばれる棒を持った仮面神のボゼが現れ、悪霊を追い払って人々を生の世界へ引き戻す。

悪石という島名もインパクトがあるが、急峻な断崖絶壁に囲まれ、訪れる者を拒むかのような島の地形にも驚いた。やすら浜港に降りると、見上げるほどの急斜面に圧倒される。そのふもとには浜集落があるが、鬱蒼と茂る木々に隠れて見えない。公民館や小中学校がある上集落は、港から東に4kmほど上った高台にある。

やすら浜港の背後は緑に覆われた絶壁。つづら折りの道が標高584mの御嶽の頂上まで続く。

 

悪石島に入港したのは16:20。今夜はやすら浜港に停泊して、明朝7:00に再び出港となる。戻る時間を気にしなくていいとなると気持ちにも余裕ができる。早朝から行動し続けてさすがに疲れたので、やすら浜港から西へ、海沿いの温泉を目指して歩き始めた。

本日最後の住民健診を眺めつつ温泉へ向かう。

浜集落の近くでは消防車の点検作業をしていた。

 

地図上では港から海沿いに延びているように見える道の先に、海中温泉、湯泊温泉、砂蒸し温泉の3つの温泉が並んでいる。しかし、実際の道は海沿いではなく、港から森の中へと上り坂が続いていた。

地図によると、このあたりの海が見晴らせる場所に対馬丸慰霊碑が立っている。終戦前年の1944(昭和19)年、沖縄を出航した政府命令の学童疎開船がアメリカ軍の潜水艦に撃沈された。1,500人近くが犠牲になった対馬丸事件の現場は悪石島沖だったそうで、二十七回忌の際に建てられた慰霊碑を島の人たちが守り続けている。

ビロウ、リュウキュウチク、タブノキ、リュウキュウマツなどの自然林が広がる。

悪石島の植生は亜熱帯性。ガジュマルの巨木もよく見かける。

 

上集落との分岐に温泉への標識があり、そのうち道は下りになって海が見えてきた。海中温泉は温泉マークのついた岩の下に温泉が湧いているという。足を浸けてみると熱くはなかったが、海水よりぬるくて感触も違うので湧いてはいるのだろう。

海中温泉は温泉マークの岩が目印。季節や日によって湧出の状態が違うのかもしれない。

 

海中温泉を過ぎると道はまた上り坂になり、山側へ入っていく。途中、自然遊歩道の標識があったので舗装道路をそれてみた。遊歩道だけあって歩けるように整備されてはいるが、大量の枯れ葉や倒木がそのままになっている。自然のエネルギーが大きすぎて手入れが追いつかないのだろう。思いがけず気持ちのよい森林浴を楽しんだ。

高い崖に囲まれた小さな池は神秘的な雰囲気。南白石亀というカメが生息していて、水面に頭だけが見えた。

アコウやカジュマルの気根が地面を覆い、岩に絡みついていた。

トカラ列島に固有のトカラアジサイだろうか。薄暗い森の中でひときわ目立つ。

植物の生命力と湿った土の匂いに満ちたジャングルを歩いた。

 

自然遊歩道の終点は、湯泊温泉の先、砂蒸し温泉の手前だった。日が傾いてきたので先に屋外の砂蒸し温泉へ。キャンプ場でもある湯泊公園広場の奥に石積みの一画があり、地面や石の上に数人が横になっている。地べたを触ってみるとけっこう熱く、持参の布を敷いて寝転がった。地熱が背中から全身にいきわたり、汗がじんわりと噴き出してくるが、気持ちがよくてなかなか起き上がれない。すぐそばの藪にいるらしいヤギの鳴き声を聞きながらうとうとした。

定員4〜5人ほどの砂蒸し温泉。上方の岩から上がる湯気が港からも見えた。昨年の台風で屋根と壁が吹き飛ばされ、柱だけになってしまった。

砂蒸し温泉の近くにあった硫黄らしき成分のかたまり。

砂蒸し温泉の周囲は、地面に赤茶色や黄色の岩が露出している。

 

やすら浜港への帰り道、湯泊温泉で汗を流して外に出ると、ちょうど夕日が落ちていくところだった。長かった一日が終わる。

あわただしく5つの島を巡った一日の最後、やさしい夕景に包まれた。

 

悪石島メモ
面積:7.49 km2 周囲:12.64 km 最高点:584m 人口73人
みどころ:ボゼ祭り、砂蒸し温泉、海中温泉、湯泊温泉、湯泊温泉公園、対馬丸慰霊碑、自然遊歩道、ノンぜ岬

(つづきます)

 

写真:武藤奈緒美
文:根本聡子
旅行した日:2018年5月14日〜17日
※各島のデータは十島村役場公式サイトより引用(2018年3月31日現在)

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武藤 奈緒美

Naomi Muto, photographer
1973年、茨城県日立市生まれ。趣味は読書、落語や演劇鑑賞、歴史探訪、きもののあれこれ。昨今はとりわけ民俗学や日本の手しごとに強い関心がある。

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