トカラ列島のレントゲン便① プロローグ

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鹿児島県十島村、トカラ列島
Tokara Islands, Toshima Village, Kagoshima, Japan

今年のゴールデンウィーク明けにトカラ列島へ行ってきました。県内の人でさえ「どこにあるの?」と口を揃えるその島々は、鹿児島県の屋久島と奄美大島の間、南北約160kmにわたって点々と連なる絶海の孤島です。鹿児島とトカラ列島を結ぶ定期船は週2便のみ。7つの有人島を一度に巡ろうとすると、けっこうな長期旅行になってしまいます。でも、年1回の住民健診便(通称レントゲン便)に乗船すれば、2日間で7島すべてに上陸することが可能。実際、ほぼ“上陸しただけ”でしたが、幸いにも天候に恵まれ、それぞれに地形や植生が異なる美しい島々を駆け足でまわってきました。
(写真:武藤奈緒美、文:根本聡子)

In the mid of May I visited Tokara Islands in Kagoshima Prefecture. The islands are scattered over a length 160km, between Yakushima and Amamiooshima in East China Sea. Since scheduled ferry service connecting Kagoshima and Tokara Islands is operated only twice a week, it usually takes a lot of days to travel all the islands. However, once a year, there is a special ferry service of medical checkup for residents, which stops at seven inhabited islands in almost two days. Fortunately it was blessed with weather and I enjoyed beautiful islands with different geographies and vegetation.
<photographs by Naomi Muto, text by Satoko Nemoto>

島と島の間は20〜30kmのところが多い。訪れた島が遠ざかり、そのうち次の島影が見えてくる。

トカラ列島の島々はリュウキュウチクやビロウなど、本土とは違う植生に覆われている。

年1回のレントゲン便で7島めぐり

東シナ海の屋久島と奄美大島の間にトカラ列島はある。漢字で書くと吐噶喇列島。全部で12の島からなり、そのうち7つが有人島、5つが無人島だ。有人島は北から、口之島、中之島、諏訪之瀬島、平島(たいらじま)、悪石島(あくせきじま)、小宝島、宝島。行政区分は鹿児島県十島(としま)村で、村役場は島ではなく鹿児島市の鹿児島港近くにある。いちばん鹿児島寄りの口之島から、もっとも奄美大島に近い横当島(よこあてじま)まで、十島村は南北約160kmにおよぶ“日本一長い村”でもある。

 

トカラ列島へは空路がなく、鹿児島港〜有人7島〜名瀬(奄美大島)を結ぶ村営の「フェリーとしま2」が週2便運航する。フェリーは各島に10分ずつしか停泊しないため、いっぺんに7島すべてをまわるのは簡単ではない。いったん島に降りると、次の船が来るまで3〜4日は待たなければならず、東京発着だと最短でも27泊28日の大旅行になる計算。台風などの悪天候によるフェリーの欠航も珍しくないから、実際はもっと日数がかかるだろう。

2018年4月に竣工した「フェリーとしま2」は18年ぶりの新造船。快適に過ごせる設備が整っている。

 

でも、年に一度だけ、7島すべてを2日弱で回れるチャンスがある。それが毎年5月に運航される住民健診便(通称レントゲン便)だ。1日目の深夜に鹿児島港を出港して、2日目の早朝にトカラ列島最北の口之島へ入港。港で住民の方々が健康診査を受ける間、正味1時間〜1時間半ほどだが、船長の許可が出れば一般の乗客も島に降りることができる。そうやって有人7島を巡り、3日目の夕方に奄美大島の名瀬港に入港する。

島に着くと胃検診車と胸部検診車が船から降ろされ、役目を終えると再び船に積み込まれて次の島へ。

黒潮に洗われる絶海の島々

鹿児島の南から台湾までの広い海域には、火山活動やサンゴ礁の隆起によってできた島々が、飛び石のように連なっている。屋久島を擁する大隅諸島、トカラ列島、奄美群島、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島など、いくつかのグループを総称して南西諸島という。また、微妙に範囲が違うようだが、「琉球弧(りゅうきゅうこ)」という美しい名前でも呼ばれている。気候も景観も文化も本土とは異なる南西諸島は、離島好きには憧れの地だ。

トカラ列島の有人最南端、宝島はサンゴ礁に囲まれた亜熱帯の島。引き潮の潮だまりは恰好の遊び場。

 

台風の通り道にある南西諸島は自然環境が厳しい。なかでもトカラ列島は黒潮が通過する海の難所で、長い間、開発から取り残されてきた。黒潮は幅が100kmにも達し、毎秒5000万トンもの膨大な量の水を輸送する強い海流。東シナ海を北上してから、トカラ海峡を横切って太平洋に入り、日本の南岸を通って房総半島沖を東に流れていく。船で外洋へ出て黒潮にぶつかると激しく揺れるが、トカラ列島はこの黒潮に常に洗われているため、かつては船の航行も接岸も容易ではなかったという。

気象庁ホームページ「海流の診断の見方」黒潮の診断に記載する代表的な地点より

 

トカラ海峡は黒潮の通り道。海が荒れると厳しい船旅になる。

 

一方で、黒潮が流れるトカラ海峡は冬でも水温が高く、サンゴ礁が発達した豊かな海に多種多様な魚が生息。大物釣りやダイビングのメッカにもなっている。さらに、温帯と亜熱帯の分岐点に位置するため、動植物の種類が豊富で、島ごとに異なる環境で進化した固有種も多い。活火山、温泉、平家伝説、トカラ神道、トカラ馬、トカラヤギ、ボゼ祭り、野生牛。人の手がおよばない自然と独自の文化が残されたトカラ列島は、旅行者を惹きつける魅力的なキーワードにあふれている。

トカラ馬は日本の在来種で、鹿児島県指定の天然記念物。中之島の牧場などで飼育されている。

悪石島と小宝島の間には渡瀬線と呼ばれる生物の分布境界がある。小宝島に近くなると海の色も変わる。

亜熱帯の島々におなじみのアダン(タコノキ)。

 

十島村役場のホームページに掲載されていたレントゲン便の時刻表。5月14日(月)の23:00に鹿児島港を出港する。

 

(つづきます)

 

写真:武藤奈緒美
文:根本聡子
旅行した日:2018年5月14日〜17日

武藤 奈緒美

Naomi Muto, photographer
1973年、茨城県日立市生まれ。趣味は読書、落語や演劇鑑賞、歴史探訪、きもののあれこれ。昨今はとりわけ民俗学や日本の手しごとに強い関心がある。

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