みんな子どもだった 〜鶴岡睦子さんの創作人形〜

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千葉県いすみ市大原
Oohara, Isumi City, Chiba, Japan

遊びに夢中な子、全身で大笑いする子、ふくれっ面の子、あくびしている子。写真に収められた子どもの人形は、表情も仕草もひとりひとり違っていて、いまにも動き出しそうに見えました。人形の作者は81歳になる千葉在住の女性。退職後に独学で創作を始めたといいます。表情豊かな人形と作者の鶴岡睦子さんに会いに、千葉県いすみ市大原の自宅を訪ねました。
(写真:今井聡志、文:根本聡子)

The children dolls in the photographs are various in expression and gesture, and they are likely to start moving now. The dolls are created by a woman who is  81 years old living in Oohara of Isumi City, Chiba Prefecture, and she taught herself the creation after retirement. We went to see her and her dolls in the end of October.
<photographs by Satoshi Imai, text by Satoko Nemoto>

 

いろいろな表情、いろいろな仕草の子どもたち

房総半島の東側、太平洋に面したいすみ市は、海と田んぼが広がる豊かな地。ローカル線のいすみ鉄道が走り、IターンやUターンの移住者も多い。大原(旧大原町)には豊富な海の幸が揚がる漁港があり、なかでも伊勢エビは日本一の水揚げ量を誇る。

鶴岡睦子さんの自宅を訪ねると、背筋がピンと伸びた女性が出迎えてくれた。艶のある白髪のショートヘアにピンクのシャツとスリムジーンズを着こなし、てきぱきと動くその姿は年齢を感じさせない。玄関先にある小さなギャラリーへ案内してもらうと、高さ15cmほどの人形が左右の棚に展示され、表情や動きが映えるように照明が当てられていた。虫捕りをする子たち、ラジオ体操をする子たちなど、数体でひとつの作品になっているものもある。

睦子さん
「人形がよく見えるように展示したくて、最近この小屋(ギャラリー)を建てました。これまで200体ぐらい作っているので、展示はときどき入れ替えています。数体でひとつの作品になっているものは、最初からそうするつもりではなくて……最初に作った子からアイデアが広がって、こんな子もいたらいいな、あんな子も作ろうかな、と一体ずつ増えていったんです。粘土がひとり歩きしてくれて、次から次へとできてしまった感じですね」

 

おいしそうに牛乳を飲む子たち。ごくごくと喉を鳴らす音が聞こえてきそう。おそろいの洋服もかわいらしい。

睦子さん
「これはいちばん右の女の子から始まりました。こういう格好で牛乳を飲んでる子がいたんですよ。この子ができあがってから、夢中になって飲む子などを足していきました」

 

指をくわえて見ている女の子は仲間に入れてほしいのだろうか。でも、男の子たちはトンボを捕るのに夢中。切り株に乗っている小さな子は、トンボを見つめるあまり寄り目になっている。

睦子さん
「最初に作ったのはかわいい仕草の女の子。真ん中の男の子はふたりとも長靴を左右逆にはいているんですよ。そういう子いるでしょう? 親が買い与える靴はだいたい大きめだから、左右を逆にはくと靴の中で足がピタッと止まるんですって(笑)。ちゃんと理屈があるのよね」

 

夏休みの朝のラジオ体操。まだ眠そうな子、張り切っている子、おしゃれなワンピースの子、いろいろな子が集まっている。睦子さんの人形は懐かしい昭和の雰囲気もあるけれど、時代は特定していないという。

睦子さん
「子どもの頃の自分をモデルにすることはないですね。でも、真ん中であくびをしている子は私に似ているかもしれない。私の家は貧乏だったので、こんなサンダルがほしかったんですよ(笑)。ワンピースの花柄もひとつずつ手で描きました」

 

粘土と出会って子どもへの愛情が形になった

睦子さんは昭和12(1937)年に大原で生まれた。9人きょうだいで、睦子さんは6人姉妹のいちばん下。一家はお寺の土地に住んでいた。子どもの頃は境内の大きな木に登り、お祭りをいちばん前で眺めたという。仕事は神奈川・鶴見のスーパーマーケットで広告宣伝に携わり、50歳を過ぎて大原に戻って結婚。現在は2つ年上のご主人とふたりで暮らしている。

睦子さん
「スーパーを辞めなきゃいけなくなって、それまで仕事がすごく大変だったから、これからは好きなことをしようと思ったの。私は子どもを見るとじーっと観察しているぐらい子どもが好きなんです。それに、自分が子どもの頃はトウモロコシのひげを編んで髪の毛を作って人形にしたり、姉のストッキングに布団綿を詰めてつるし人形を作ったり、手作りするのも好きでした」

「だから、紙粘土で人形を作る方法を知って、独学で子どもの人形を作り始めました。子どもの表情は変わるのが早いから、素人写真ではいい瞬間を撮れないんですよね。でも、人形でなら再現できる。60代と70代の20年ぐらいはずっと人形を作っていましたね」

睦子さんに人形の作り方を説明してもらった。まず紙粘土を丸めた頭部に、手の指や爪や彫刻刀で顔の骨格を作ってから、晒(さらし)の木綿布をかぶせる。次は頭部に竹箸の芯を差し込み、紙粘土で胴体と手足を作って服を着せる。服は縫うのではなく、胴体に晒を巻き付けて服の形にカットし、液状粘土を付けながら整えていく。髪の毛を付け、アクリル絵具で色を着けて完成。ただし、睦子さん自身が考案したこの作り方は、集中力を要する細かい手作業の連続で、80歳を過ぎてからはやめてしまったという。

 

睦子さん
「土台(骨格)がきちんとできれば、顔を描くのはそう大変じゃないんです。自然に手が動くんですね。でも、土台がうまくいかないときは顔もうまく描けません。外国人の子どもの人形を作ったこともありますが、難しかったですね。ふだん自分が見ている子じゃないとうまくできないんです」

 

肌、目鼻、服の柄、靴など、すべてアクリル絵具で描かれ、服の色落ちや汚れも細かく表現されている。

睦子さん
「アクリル絵具を使うのは着色がいいから。服は晒と液状粘土で作ると、シワや動きがきれいに出るんです。こういうことも全部、失敗を繰り返しながら自分で考えました」

 

おしゃまで“ふとべ”な女の子の世界

睦子さんが作る人形は、小学校に上がる前の5〜6歳の子どもたちが多い。人形の正面だけでなく斜めから見たり、足下から見上げたり、眺める角度を変えると、また違う表情を発見する。「どの角度から見ても大丈夫なように作っている」と睦子さんはいう。男の子と女の子が一緒に遊ぶ風景もほほえましいが、女の子だけ、男の子だけの世界も面白い。女の子同士には駆け引きや意地悪の感情も匂わせる。

睦子さん
「私が子どもの頃は、都会から疎開してきた子に寄っていったりしたわね。何か新しいものを持っているんじゃないかって(笑)。都会から来た子に飴玉をもらって、その子はうちの水がおいしいって言っていた。昔は子どももそうやって生き抜いたんですよ。貧乏だったからそういう知恵はありましたね」

 

睦子さん
「この子はチョコレートを独り占めして食べているの。欲張りの姪っ子がモデルです。昔からお使いに出すとお金を全部使っちゃうような子で、大人になったいまも変わっていません(笑)」

 

「この子たちは小競り合いしてるの。道端で丸くなってそうやっている子たちがいたんですよ。何があったのか知らないけれど、ふたりともやさしそうに見えないよね(笑)。上総(かずさ)弁で”ふとべ”っていうの。意地悪という意味です」

 

「ぐっすり眠っている赤ちゃんは、たまたまうまく描けたんです。小さいほうの女の子がおぶっている人形は、昔こういう人形を姉が持っていたなと思い出して作りました。この2体は着物の柄を描くのが大変だったかな。表情も見る角度によってずいぶん違いますよ」

 

やさしくてたくましい男の子の世界

”ふとべ”な女の子の人形に対して、男の子の人形は純朴でやさしい雰囲気。遊びに夢中になっている男の子の姿は昔も今も変わらない。睦子さんのお兄さんのひとりはガキ大将だったという。

睦子さん
「兄は腕っぷしが強くて、面倒見がよくて、妹にとっては”困ったときの神頼み”的な存在でしたよ。そういえば、ガキ大将っていまはもういないわね」

 

カバンを投げ出してビー玉遊びに熱中する子どもたち。ボーダーやタータンチェックの服の柄も凝っている。

睦子さん
「洋服の柄はもっとシンプルにすればよかったなあ。人形を作り始めた頃は、柄に凝ったり、濃い色を使ったりしていました。でも、子どもの人形には淡い色、シンプルな柄が合うんですよ」

 

大原漁港で毎年秋に行われる「はだか祭り」の1シーンもある。

睦子さん
「子どもはお神輿をかつがせてもらえないから、歌をうたうんです。美男子を作ってみたけど面白くなかった(笑)。やっぱり子どもはちょっと崩れた表情がかわいいですね」

 

「川遊びをして全身が汚くなった男の子たちは、大好きな『トム・ソーヤーの冒険』をヒントに作りました。今日はぜんぜん魚がとれなかった、やんなっちゃった、っていう顔です。やんちゃだった兄に似ているかな?」

 

何がおかしいのか、全身で大笑いしている男の子たち。「ただ笑っている子どもを作りたかった」と睦子さん。眺めるだけで幸せな気持ちになる。

睦子さん
「昔はみんな食べることが大変だったでしょう。親は子どもに食べさせることがいちばん大事で、子どもは大人になったら自分で食べられるようになればいい。そういう育て方です。私は家は貧しいし、きょうだいが多くて大変でした。でも、楽しいことも多かったですね。スーパーの仕事も厳しかったけれど、いまは好きなことをやって暮らしている。とても贅沢だと思っています。私の人形を見てくださる方に、子どもだった頃を思い出してもらえるとうれしいですね」

 

鶴岡睦子さん
1937(昭和12)年、千葉県いすみ市大原生まれ。子どもが好き、手仕事が好きで、仕事をリタイアした50代より独学で子どもの創作人形を製作。自宅敷地内のギャラリーは見学可(電話0470-62-3127へ要予約)。趣味は登山、スキー。

 

撮影:今井聡志
企画:しまざきみさこ
文:根本聡子

今井聡志

フォトグラファー

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